医療コラム
マンジャロ(糖尿病薬)を「痩せる注射」として打つことの危うさについて
「マンジャロを打てばすぐに痩せられる」「芸能人も使っているらしい」——そんな情報が広まる中、医師免許を持たない人間が薬をさばいたり、十分な診察なしにオンラインで処方されたりするケースが社会問題になっています。
私は内科認定医の資格を持ち合わせている皮膚科医であり、内科の専門家の先生方には及ばないながらも、基礎的な知識の習得、一定のトレーニングを積んでまいりました。今回はその立場から、マンジャロを「痩せる注射」として打つことの危うさについて率直にお伝えしたいと思います。また、「なぜ当院ではマンジャロを扱っていないのか」の理由もあわせてご説明します。
目次
マンジャロとは何か——機序をわかりやすく解説
マンジャロ(一般名:チルゼパチド)は、もともと2型糖尿病の治療薬として開発された注射薬です。「GIP/GLP-1受容体作動薬」と呼ばれる種類の薬で、脳の視床下部(満腹中枢)に作用し、食欲を強力に抑えると同時に、胃の動きをゆっくりにしてインスリン分泌を促します。
糖尿病の治療として血糖値をコントロールする過程で、体重が大きく減るという効果が注目され、近年は肥満症治療薬としても使われるようになりました。確かに、臨床試験では投与を続けた患者さんの体重が大幅に減少したというデータがあり、その数字はこれまでの薬とは一線を画すものです。
ただし、ここで重要なポイントがあります。「体重が落ちる」という効果と「その薬を誰でも手軽に使ってよい」という適応は、まったく別の話だという点です。
すべての薬には「適応範囲」がある
どんな薬にも「適応範囲(適応症)」というものがあります。コレステロールを下げる薬は、コレステロールが高すぎる人のために存在します。血圧を下げる薬は、血圧が高い人のために存在します。
では、もともと血圧が低い人が降圧薬を飲んだら、どうなるでしょうか?
血圧がさらに下がり、めまいや失神を起こしてしまいます。「血圧を下げる効果がある」という事実は変わりませんが、その薬が必要ない人が飲めば、害が出る。これは当たり前のことです。
マンジャロについても、まったく同じことが言えます。
マンジャロの肥満症適応——日本の基準と実態
マンジャロには、糖尿病治療に加えて「肥満症」の適応が認められています。しかし、その基準はどのようなものでしょうか。
日本でマンジャロの肥満症適応が認められるのは、簡単に言うと「BMI(体格指数)が高く、さらに高血圧・脂質異常症・2型糖尿病などの合併症を複数持つ、医療的介入が必要な肥満症の患者さん」です。アメリカでも BMI 30以上(または27以上で体重関連の合併症あり)が対象ですが、いずれにしても対象となるのは「医療的に介入が必要な肥満」の方のみです。
日本人のほとんどの方(95%)は、もっと痩せており、このBMI基準に該当しません。
「少し下腹が気になる」「数キロ落としたい」——そのような方が対象として想定されている薬ではないのです。にもかかわらず、「ちょっと痩せたいから注射を処方してもらった」という方が増えているのが、現在の問題です。薬を出せば儲かるとわかっていても、それが正しい医療とは言えません。
当院がマンジャロを扱わない理由
最近になって、多くの開業されている医師の方々が、マンジャロの処方やオンライン診療に参入されています。それが「儲かる」ことはわかっています。
しかし私自身は、皆様に「健康と美の両方をもたらすこと」を診療の信条としています。この信条に明確に反すると判断した治療については、収益が見込めるとわかっていても、手を出すことはありません。
そのため、当院ではマンジャロをはじめとする安易なGLP-1製剤の痩身目的処方は、現在のところ安全とは言えないため行っておりません。
なお、最近流行っているオンライン診療そのものにも多くの問題点があると考えており、こちらについては別のコラムでお伝えしたいと思います。
マンジャロのさらに気になる問題点
さらにいえばマンジャロには、まだ不明な点・懸念される点が複数あります。
脂肪と筋肉が同時に落ちる
マンジャロは食欲を強力に抑えることで体重を落としますが、単純に食事量が減ることで、脂肪だけでなく筋肉も同時に落ちてしまうことが問題です。筋肉量が減ると基礎代謝も下がり、薬を中止すれば以前より少ない食事でも太りやすい体になります。リバウンドはほぼ確実に起きてくるため、またマンジャロに手を出すという負のスパイラルに陥りかねません。
中枢神経への作用と依存性の懸念
マンジャロは脳の満腹中枢に直接作用します。脳の神経システムに働きかける薬には、依存性や長期使用による影響が生じる可能性があります。投与を止めた後に強烈な食欲が戻ってくることが報告されており、精神的な依存につながるリスクも排除できません。
長期的な安全性がまだ不明
マンジャロが広く使われるようになったのは近年のことです。使用中の気分不快や活動性の低下といった副作用もある上、10年・20年にわたって使い続けた場合の影響は、現時点では誰にもわかりません。新しい薬には必ずこの問題がつきまとい、慎重な見極めが必要です。
「痩せすぎ信仰」は日本特有の病気かもしれない
少し視野を広げてお話しします。
日本では「痩せていること=美しい・健康」という価値観が非常に根強く、世界的に見ても特異なほどです。BMIが正常範囲であるにもかかわらず「もっと痩せなければ」と感じている方が多く、特に若い女性の間では、医学的に見て「痩せすぎ」に相当する体型が理想とされているケースすら珍しくありません。
これは、社会や広告・メディアが長年かけて作り上げてきた価値観の刷り込みです。
私は人間の「美しくなりたい」という欲求を否定するつもりは全くなく、むしろ肯定的に捉えています。しかし、美しさと健康は両立してこそ意味があると考えています。「痩せていれば美しい」という価値観そのものを、一度立ち止まって問い直すことが大切ではないでしょうか。
例えば海外に長期滞在したり生活したりすると、多様な体型が自然に受け入れられ、その人らしい美しさが評価される文化に触れることができます。そうした経験が、価値観を大きく変えてくれることがあります。自己肯定感を持って、自分の体と向き合うことができれば——それが、本当の意味での「美と健康」への第一歩だと思っています。
健康的に、美しく痩せるために
では、当院が考える「健康的に美しく痩せる」方法とは何か。まず根本として、筋肉をつけることが最も重要です。筋肉量が増えれば基礎代謝が上がり、太りにくい体質に変わっていきます。安易に食欲を抑えて体重を落とすことより、はるかに持続性があり、健康にも直結します。
部分的な脂肪については、医療的に安全性が確認された機器による施術が選択肢となります。当院では、顔のたるみにはHIFU(ハイフ)を推奨しており、多くの方に効果を実感いただいています。また、現在、さらに話題の最新機器の導入を検討しているところです。安全性と効果を十分に確認できた段階で、積極的にご提供していきたいと考えています。
「美しく、健康的に痩せる」——これは誰もが望む理想だと思います。その理想に向けて、私たちは儲かるかどうかではなく、本当に皆さんのためになる治療を選んでご提案してまいります。
- (執筆者情報)
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小谷 和弘
日本皮膚科学会 皮膚科専門医
厚生労働省指定 麻酔科標榜医
日本内科学会 認定内科医

